またまた中国が世間を騒がせている。五つ星ホテルの〝掃除事件〟だ。イヤだなあと呆れる一方で、「中国なのだから仕方ないじゃん」と苦笑もした。いくら五つ星ホテルといえども、いくら世界レベルの社員教育をしようとも、やはりお国柄だけは変えられないのだろう。
中国はさておき、五つ星ホテルはやっぱりそれだけの価値がある。
数年前、海外のとある五つ星ホテルから豪華なボックスが送られてきた。見るからに重厚な感じで、万年筆とか手帳とかのプレゼントだろうと想像しながら空けてみると、なかにはポツンと1枚のブラックカードが収まっていた。
同封されていた英語の手紙には、「このブラックカードを見せれば、世界中にあるうちのホテルチェーンでVIP待遇が受けられる」みたいなことが書かれている。
その五つ星ホテルとは、インドネシアのバリ島にあるリゾートホテル。十数年前から毎年のように夫婦で通っている、いわば定宿だ。バリ島独特のユルイ雰囲気が好きだし、ホテルの食事や景色が好きだし、何より愛らしいスタッフの人柄に惹かれて通うようになった。
ということで、世界中で使えるというカードはボクには意味のないものだった。ボクはバリ島にしか行かないし、そのホテル、そのスタッフが好きだったからだ。そもそもVIP客のつもりもなく、ホテルのスタッフはみなファミリーのような間柄になっていた。
翌年、いつものようにホテルを訪れた。馴染みのスタッフ2人とお喋りをしながら、ふとブラックカードの存在を思い出したので尋ねてみると、いかにも驚くべき答えが返ってきた。
「じつはあのブラックカード、かなりレアなんですよ」
「というと?」
「世界中で16名にしか贈ってなくて、日本では3名しか持っていないんです。ウチのホテルからするとVIP中のVIPという扱いなんですよ」
「・・・マジ?」
じつはこのホテル、オバマ前大統領とかベッカムとかも泊まるすごいホテル。なぜ、そんなホテルがボクみたいな一般人に貴重なブラックカードを? 十数年通っているとはいえ、年に1回、10日ほど滞在する程度で、それほどお金を落としているわけでもない。もっと頻繁に通っている人、もっとお金を落としている人、もっと長期滞在している人など、熱烈なリピーターはいっぱいいるはず。
ボクの疑問を察したように、スタッフは笑いながら言った。
「誰にブラックカードを贈るかは、スタッフみんなで相談して決めるんです。要は、総選挙というか人気投票でして、やっぱりアラキさんは外せないよね、という話になりまして」
「お笑い部門1位みたいなものか」
「アハハ、ですね~。もう完全にうちのホテルのファミリーですから」
そばにいた別のスタッフが、「そうだよ~」みたいな感じで、ボクの脇腹を笑いながら何度も突く。もはやスタッフと客でなく、本当に古い友人でありファミリーなのだ。
このスタッフたちだけでない。いつの頃からか誰もミスターとつけず、「おい、アラキ! こっち来いよ!」とか、「お前、去年より腹出たんじゃないか?」とか、すっかり客扱いをやめていた。ボクはそちらの方がありがたかったし、彼らも自然とマニュアルを捨てて古い友人もしくはファミリーとして付き合ってくれた。
五つ星ホテルというと、格式張っていて、テーブルマナーに厳しくて、スタッフはみな完璧で、一般人には高嶺の花ではないか――。そんな印象がつきまとうし、ボクも初めて泊まったときはやはり緊張した。「庶民ってバレるんじゃないか?」と。
ところが実際は、ホテルの社風にもよるだろうが、じつは想像以上に人間臭い。そして、お国柄や人柄がにじみ出るものだ。
ボクはほとんど英語が話せない。その代わり、毎年ホテルに通ってはスタッフから教わった片言のインドネシア語で会話をしている。五つ星ホテルのクセに、教えるのは現地の人しか使わないエッチな言葉ばかり。しかし、それこそ愉快でフレンドリーで明るいインドネシアのお国柄であり、ますます彼らが好きになった。
スタッフは勤務中だというのに暇があればボクと井戸端会議をしており、気づくと10人くらいで大笑いしており、たまに見回りにきた支配人に怒られる。そして、なぜかボクも怒られる。
支配人がいなくなると、それがおかしくてみな吹き出す。まるで高校の教室のような感じだ。
海外にこんな愉快なファミリーがあるだけで、人生の楽しみは2倍にも3倍にも膨らむ。彼らに会うために――。そう思うだけで、毎年頑張って働ける。
中国の五つ星ホテルだって、もしかすると十数年も通えば気に入ってしまう、愛すべきお国柄なのかもしれない。
◆Yahoo!ニュースなど多くのメディアに転載された2018年以前のブログは↓
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