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ZOZOスーツより、俺のスーツ

ZOZOスーツの話題が続いている。無料で不思議なスーツを送り、消費者に自ら身体を採寸させることで、後は簡単にネットでオーダーメードできるというものだ。ファッション業界のみならず多くの業界が、「マジか! やられた!」と驚く、まさにコペルニクス的な発想である。採寸というつまらない行為を〝エンタメ化〟した点も面白い。

ただ、オーダーメードという戦略そのものは最近のファッショントレンドと軸を一にしており、別に珍しいものではない。数年前からアパレルや百貨店、さらには安さをウリにした量販店までもがこぞってオーダー型の新業態に手を伸ばしている。

職場のカジュアル化が進み、きっちりスーツを着る機会が減った時代。だからこそ、せっかくの一着にこだわりたい――。

そんな消費者心理に加え、値段もリーズナブルになり店の雰囲気も入りやすくなったことで、「じゃあ、オーダーしてみようか」といったオーダー初心者層を取り込んでいるようである。

確かに、ZOZOスーツは面白そうだし、便利だ。
でも、やはり対面でつくってもらう昔ながらのオーダーの方が好きだ。

ボクが初めてオーダーしたのは10年ほど前のこと。たまたま知人から男性デザイナーを紹介されたのがきっかけだった。
本場イギリスで修業をしたという彼は、業界紙でも紹介されていた新進気鋭のデザイナー。百貨店やセレクトショップに作品を卸すほか、彼の作業場であるアトリエでも販売しているということだった。

デザイナーというから業界人っぽいのかと思ったが、とても気さくな性格で、ボクと年齢も近く、何より服に対する真摯な姿勢に好印象を抱いた。そこで都内のマンションにある小さな一室であるアトリエを訪れた。

なかにはコートやジャケットの完成品や試作品が並んでいた。どれもシンプルだけど上品で、威厳とでもいうのだろうか、イギリスっぽい雰囲気が服から臭い立つようで、一目で彼のデザインを気に入った。

いざオーダーする段になると、初めての経験だけに驚きがたくさんあった。単純な白いYシャツをオーダーする際、ボクは小さな布が並んだサンプル本を見ながら、ちょっと光沢感のある生地を選んだ。少しだけ輝くドレッシーなYシャツが作りたかったのだ。

しかし、彼は首を振った。

「小さなサンプルと、実際にシャツに仕立てた出来上がりでは全然イメージが違います」

「へえ、そういうものなんだ」

「それに、荒木さんはコンサルでしょ? ただでさえ派手に見られがちな職業なんだから、その生地は辞めた方がいいですよ」

ボクの服装や雰囲気だけでなく、職業やライフスタイルを見て選んでくれるのだ。さらに驚いたのは、首回りやボタンの素材などを決めていくなか、胸ポケットのデザインに及んだときだ。

「本場イギリスではYシャツに胸ポケットはありません。なのでボクは絶対につけたくありませんから、そうしてください」

胸ポケットは定番だと思っていただけに勉強になった。そもそもないモノであり、ましてそこに携帯やペンを入れるなんてもってのほかだそうだ。理由は美しいシルエットが崩れるから。

もう1つ、プロってすごいなぁとつくづく実感したのが「パーカー」だ。

色は紺色。ごく普通のデザインで、秋や春のアウターとしてちょうどいいものだ。正直、どこにでも売っていそうなシンプルなデザインなのに、何かカッコいい。面白いことに、そのパーカーを着ていると、結構な確率でこう言われた。

「そのパーカー、何かカッコイイですね」

みな、「何か」と言う。色でもなければデザインでもなく、「何か」と言う。理由は不明だけど、何の変哲もないパーカーが気になるらしい。普段からファッションには気を配っていたけど、そこまで何度も「それ、いいね」と名指しされた服は初めてだった。

で、思い出した。

「必ずパーカーのフードは立てて着てください。それがこの服を最も美しく見せるシルエットで、むしろフードを立てるためにデザインしたようなものです」

パーカーのフードは基本的にかぶらないから、肩に垂らす〝お飾り〟のつもりでいたが、彼はそれこそ「メイン」だという。変わったこだわりである。けれども、確かにフードを立てると何か雰囲気が出たし、事実、生地はほどよく硬いため立ちやすい。美しく立つために縫い方からデザインまで計算しているらしい。

ただ、何かカッコいいとみなが言う「何か」は、フードではなかった。

「ちょっと俺にも着させてよ」

よほど気に入ったのか、何人もの友人がボクのパーカーを着たがった。ボクと似たような背格好の人が多く、着ると普通に身体にフィットした。ところが、いざ鏡に映った自分を見ては、みな首をひねった。

「何か、違うなあ。俺には全然似合わない」

おかしな話である。何の変哲もない普通の紺色のパーカーだ。誰でも似合うはずであり、むしろ似合わない方がおかしい。

おそらく服の方がボクに馴染みすぎていたのだ。たぶんそれは採寸データが正確といった「数字的な問題」ではない。デザイナーである彼のイメージや想いが服に乗り移っているのだろう。つまり「感覚的な問題」。服って奥が深い――。

これが初めて知ったオーダーメードの世界だった。

そろそろ寒くなってきたので、先日、久しぶりにパーカーをクローゼットから取り出した。
羽織ってみるとやはりしっくりくる。もちろん、フードを立てることも忘れない。10年も着ているため紺色は全体的に色あせ、袖口の辺りは少しかすれているが、それがかえって雰囲気を醸していた。

そこで、デザイナーである彼の言葉を思い出した。

「少なくとも10年は着てくださいね。10年くらい経つと生地がいい感じにヘタって、ダンディーともちょっと違う独特のオトナ感というか、普通でない個性的なオシャレ感が出てくるんです。あえて、そういう生地を選んで作ってますから。その頃、荒木さんもちょうど40代半ばでしょ?」

コンサルという職業に合わせて生地を選んでくれ、平凡なのに誰にも似合わないデザインを生み出し、果ては10年後のライフスタイルまで想像してくれる――。

洋服のデザイナーというより、まるで人生をデザインしてもらったような驚きと高揚感は今も忘れない。彼の知識や技術もさることながら「見ている景色」や「理想とする世界」が異なるのだろう。こういう人を本物のプロと呼ぶに違いない。

ここ数年、すっかり彼とはご無沙汰している。
今度は、60歳の自分に相応しい冬用コートを作ってもらおうかと、考えている。

◆Yahoo!ニュースなど多くのメディアに転載された2018年以前のブログは↓

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