銀座にある某ファストファッションの店内をブラブラしていたところ、ふと薄手のセーターが目に留まった。鮮やかな青色はアウターにもジャケットのインナーにもよさそう。そばにある全身鏡で合わせてみるとサイズもピッタリだった。さっそく近くにいた若い女性店員を呼び、試着したいと申し出た。
ところが、彼女は困惑したようにじっとボクを眺めてから意外な言葉を漏らした。
「こちらの商品はレディースになります。できれば男性の方にはご遠慮を……」
バカな話だ。何をどう着ようが消費者の自由。むしろ自由にコーディネートを楽しむことこそファッションの楽しみだろう。ちなみにレディースとはいいつつ、胸元がフリフリしているわけでなく色も形もごく普通、メンズではなかなか見つからないデザインだから欲しいと思っただけなのに。
すっかり買う気が失せたため、商品を棚に戻して店を出た。15年ほど前の話である。
(男性も着れる普通のレディース)
サイズがない。在庫切れ。接客態度が気に食わない――。一度はレジに向かったものの様々な理由から商品を買わないで帰る消費者は少なくない。これを一般的に「販売機会のロス」という。食べられる食料を大量に廃棄する「食品ロス」がかつてから問題になっているが、「販売機会のロス」も見逃せないだろう。売り手がその事実、その原因に気づかなければ延々とロスを続けるためで、事実、消費不況の隠れた一因ともされる。
「女性向け商品だから女性に売ろう」「シニア向けサービスだからシニアしか興味を持たないに違いない」――。そんな思い込みを捨てれば、売り手は販売機会を増やせるだけでなく新たな消費トレンドすら興せる。
そして、それは消費者にも言えるかもしない。思い込みをなくせば消費がぐっと楽しくなるからだ。
男性がレディースを買う3つのメリット
身長163センチ、体重53キロとやや小柄なため、昔から欲しい商品を見つけてもサイズがないことが多かった。Sサイズでも肩幅がちょっと大きく、ズボンを履けばお尻がブカブカに。ファッションはサイズが命であり、崩れたシルエットはもっとも不格好な印象を与える。そこでやむを得ず手を出したのがレディースだった。Мサイズ、場合によってはSサイズが自分の身体にフィットすることに気づいた。
今から30年ほど前、大学生のときである。
もちろん買うのは普通のセーターやズボンなど男性が着るアイテムであり、デザインも男性が着ておかしくないものを選んだ。別に女装しているわけではないのだから。
元々がファッション好き。そこに加えて〝メンズでなければレディースで補う〟という自分らしい消費スタイルを見つけたことで、一気に消費が増えることになった。そうして30年を経た現在、いつしかクローゼットの2割がレディースを占めるまでになった。
当初はやむを得ず始めた「男のレディース買い」だが、消費に対する思い込みを捨てたことで大きなメリットもあった。
①買い物が2倍楽しめる
男性はあまり知らないと思うが、レディースの洋服はデザインもカラーバリエーションもじつに豊富で、買うのはもちろん見ているだけでも断然面白い。例えばピンクのセーターでも、メンズはほぼお決まりの色合い、無難なデザインしかない。一方レディースなら、桜の花びらのような淡い色からショッキングピンクまで、デザインもVネックあり七分丈あり、ゆったりしたものから身体にフィットするタイトなのものまでまさしく選び放題。つまり、選択肢が2倍になって買い物も2倍楽しめるわけだ。
オシャレ好きの男性、ありきたりなデザインに飽きた細身の男性は、一度レディース売り場へ行ってみるといい。きっと気に入る逸品が見つかるはず。
ただし、注意点もある。試着してみて「何か違うな……」と思ったら絶対に買わないこと。シンプルなTシャツだろうとセーターだろうと、それらはあくまで女性向けに作られた商品。VネックのVが深かったり肩口がちょっと膨らんでいたり、「何か違う」はいざ男性が着ると想像以上の違和感を与えてしまう。
②コーディネート上手になる
ファストファッションと異なり、高品質かつ個性的な商品を扱うセレクトショップでは、やはりレディースも一味違う。目に鮮やかなコートだったり、何気ないデザインかと思いきや背中に意外なシカケが施されていたり、それだけで印象を大きく変える「クセの強い商品」がたくさんある。これぞメンズにない醍醐味ともいえる。
(クセがなさそうであるセーター)
こうした商品はコーディネートも一筋縄ではいかない。ジーンズに合わせてみたり黒の棉パンを合わせてみたり、それでも似合わないから新たにロイヤルブルーのズボンを購入したら意外なほどキマった、なんてこともある。こうした試行錯誤が手持ちの洋服を自然と増やすことになり、そして様々なスタイルを試しているうちに、いつのまにかコーディネート術がアップするのだ。
「これ、本当に似合うかな……」
クセの強い商品を購入する際は①のケースとは反対に〝ちょっと奇抜すぎるくらい〟がちょうどいい。「何か違う」は簿妙な違和感を与えるけど、奇抜なデザインは最初からそういうものと認識されるため、似合ってさえいれば誰も気にしないものだ。レディースといいつつ最近はユニセックスなデザインも多いので、掘り出し物を探すならセレクトショップのレディースがおすすめだ。
③タダでいろいろもらえる
レディースを着慣れてくると、「あのコートいいな」とか「あのセーター、俺も着れそう」など、身近にいる女友達のファッションにも関心が向かう。こんなとき「要らなくなったらちょうだい」とお願いしておくと、案外くれる。女性はトレンドに敏感なため、ワンシーズンで着なくなったりすぐに買い替えたりとファッションのサイクルが早いからだ。
(とてもレディースに思えないコート)
自分が着ていた服を男性にあげるというのは女性にとっても新鮮らしく、ボクが着ていたメンズ服と交換することもある。さしずめ〝洋服のシェア〟といったところか。少なくとも嫌いな男性とはしないだろう。
こんなことを長年繰り返しているうちに性別や年齢を超えて仲良くなることも多く、仕事の不満、人生のテーマなどそれこそ女友達にでも打ち明けるように本音を語ってくれることもある。それはグルインやリサーチでは得ることのできない貴重な意見。そんな女性心理、女性ニーズをビジネスに生かすこともできる。
男性諸君、レディースを着て街に出よう
以前、花屋チェーンのコンサルティングをしていた。クライアント社員の誰もが「花だから女性に売るべき」と信じて疑わず、売り場も販促企画もサービスも、すべてが女性を意識したつくりになっていた。
売り手の思い込みほど危険なものはない――。男性にだって花は売れるはず。むしろ女性向きのマーケティングが男性客を遠ざけているのではないだろうか。
案の定、商品POPだったり店内レイアウトだったり、ちょっとだけ男性を意識したマーケティングに変更したところ、みるみる男性の集客が伸びた。驚くことには、カップルで来店しても商品選びから最終決断まで男性がリードする姿も珍しくなかった。
ファッションや花に限った話でない。シニア向け商品がシニアに売れるわけでなく、女性を意識した店づくりとか中年男性向けの接客とか、売り手の思い込みがかえって「販売機会のロス」を招いていることもある。
たまに出先で「あれ、今日は全身レディースだ……」と気づくことがある。それほどレディースには魅力的な商品が多く、アイデア次第ではメンズのコーディネートにも十分に活かせる。心配のないよう断りを入れておくと、こちらから言わなければ誰もレディースとは気づかない。
買い物が2倍楽しくなり、ファッションの幅が驚くほど広がる「男のレディース買い」。ファッション好きの男性ならやらない手はないだろう。
◆Yahoo!ニュースなど多くのメディアに転載された2018年以前のブログは↓
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